阿波踊りがどのような踊りであるのか、見たことが無い方にも理解を深めていただけたと思います。
ここで、阿波踊りの歴史をひもといてみましょう。
どのような起源であるのかということには、複数説があります。
最も主流であるのは、戦国時代の末期に須賀家正が徳島城を築いたお祝いとして開かれたお祭りが始まりだというものです。
400年にもわたる歴史を持つこの踊りは、以前は「阿波の盆踊り」と呼ばれていた盆踊りだったといいます。
近代に入り現在の名称に変更され、阿波踊りは時代とともに形を変えながら伝承されてきました。
戦後になり、この踊りが徳島県の財産であると改めて認識されました。
そして、大衆に楽しんでもらえる祭りとしても、大切にされるようになったのです。
今でもパワーアップしながら、その勢いは続いているといえるでしょう。
私が高円寺で見たという阿波踊りも、本場徳島県の阿波踊りのパワーアップに貢献しているように思います。
東京都の高円寺では昭和30年代から阿波踊りの大会がスタートしました。
この大会を開催した当初の目的は、阿波踊りで町おこしをしようというものだったようです。
しかし高円寺での阿波踊りの浸透には、幾つかの試練もあり順風満帆というわけではありませんでした。
そのような逆境にもめげず続けていくことで、明るい光が見えてきたのです。
そして会場を拡大することができたり、連が増えていきました。
新しい連がいくつも生まれ、その連が徳島県の連と姉妹連関係を結ぶなどした結果、高円寺の阿波踊りの層が厚くなり技術も進歩することができたのでした。
平成3年に実施された世界陸上という国際的な大会のフィナーレに、高円寺から約300名もの阿波踊りの踊り手が参加するまでに達しました。
今日、高円寺の阿波踊りは単なる町おこしではなく、地域や社会に貢献する活動になったといえるでしょう。
私はまだ高円寺の阿波踊りしか見たことがありません。
同じ地域の人間として親近感もわきましたし、特に若い女性が踊っている姿が格好よく感じました。
エネルギッシュな街・高円寺と阿波踊りが、とってもマッチしていました。
徳島県の阿波踊りをみてどう感じるのか、とってもワクワクしています♪
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